ぴかぴのじみろぐ。

日々の記録。地味です。

臓器移植法改正案  

多分ここ何年も行ったりきたりしている法案と思うのですが、進展があったようです。
今回特に子供の臓器移植がポイントになっています。

「脳死は人の死か?」という疑問は、実際人それぞれの考え方があると思うので、こういう審議が有効なのかどうかわかりません。いつも党に従いな!的な政党も流石に団結せよとは言えなかった様で、個人の判断で…みたいなことを言ってました。


そりゃそうだよね。脳死といわれた子供を持っている人も、移植を待つ子供を持つ人もいるわけで、どちらも大切な子供ですから、どちらが正しいなんて言えないですよね。こういうことを法案化しなきゃっていうのも、いえ、法案化できると思っているのも、すごい思い上がりと思うのですけど。だからって放置はできませんけど。

素人など、「受ける方とあげる方とが合意の上なら可」くらいなレベルでしか考えつきません。私は「意思表示カード」も携帯していて、自分は脳死と決まった時点で手遅れにならないようにさっさと誰かにあげて欲しいのですが、子供となるとどうあっても絶対意地で生きさせると思う。だから今回のA法案では「本人の希望」はいらなくて「親の許可」が優先されるそうなのですが、むしろ親のほうが難しいと思います。

それでも本人の最期の遺志であるならそれをかなえてあげようと思うのが親心ですけど、すごくすごく厳しくてつらい決断になりますよね。



母が亡くなって初めて身近の死に接したときに、今まで「死」について考えることをどんだけ避けてきたか身にしみました。家庭で簡単に話せることじゃないですけどね。それでもやはり子供のQOLのために親としては話題にしなきゃなことなのでしょう。
日本の教育のあり方があまり「死」について向かい合っていなかったことも「死」を避けてしまうことになったと思います。概して不味い事は隠してしまうわけで、生きていくうえで大切なこと「生老病死」について学校でまったく教えないっていうのもどうなんでしょう。「いじめはやめよう」のキャンペーンとか「戦争反対」の署名とかよりももっと人の根幹にふれる大切なことと思うのですが。


母の死と、老を受け入れることができず、死に恐れながら、人に当り散らし、怒鳴り散らして不幸自慢しながら生きている父を見るにつけ、小さい頃からの「死」に向かう教育って必要なんじゃないかと思うこの頃です。
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category: 歩き続ける日

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コメント

とても難しい問題ですよね。

臓器移植法改正案もそうだけど、ぴかぴさんによるこの文章の、おしまいのほうのくだりを読んで、いろいろと考えさせられました。
充分心得ているつもりであっても、いざ自分の段に及ぶと、それはそれになっちゃいそうですし。

以前、ホスピスで仕事をされている方の書いたコラムに、どんなに恵まれていても、文句ばかりの人は文句ばかりで死んでいくし、その反対に苦労の連続であっても、常に周囲を労う人は周囲を労いながら死んでいく、というのがあって、妙に印象的でした。
後者でありたいな、と頭では思うものの、いざその立場になったらどうなることやら、です。

URL | かめとも #kLCZl7R6
2009/06/21 17:48 | edit

かめともさん!

コメントありがとうございます。本当に難しくて、果たして誰の考えを尊重したらよいものか、多分だれも決められないだろうと思います。

ホスピスで働いている方の言葉は本当にその通りと思います。キリスト教徒の方が「受けるより与える人生の方が豊かである」という教義があると教えてくださったのですが、それと似ていますね。

周りの人達との繋がりを大切にしつつ、感謝しつつ、自分の力で生きたいものです。

>>いざその立場になったらどうなることやら、です。
…かめともさんは自分以外に大好きなものや大切なものがあるから大丈夫ですよ!

URL | ぴかぴ #YpqZtgVo
2009/06/22 22:30 | edit

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